ちはやふる188首感想---導くもの

BE・LOVE2017年20号掲載


東日本予選準決勝。窮地に陥った千早に新の勝利を伝え、千早の心に水の流れを呼び戻したのは、太一であった。

今回の話はあらゆるものが入り乱れて非常に複雑だった。
分かりやすく話を太一に絞り、要点をまとめようと思う。
今回のポイントは以下の三点になる。

  1. 千早に新の勝利を伝え、勝利へと導きだしたこと
  2. 「勝ちたい」という言葉を初めて口に出したこと
  3. 「ちは」札を手放したこと


1.勝利への導き



出口の見えないトンネルから千早を救ったのは、先行く新の存在だった。
新の勝利を伝えたのは太一のとっさの機転によるもの。
それがなければ千早は試合が終わるまで気付くことがなかったし、7-0で負けていたかもしれない。
なぜ太一は新のことを千早に伝えたのか。
この太一の行動については、彼の名前に秘密があるのではないかと思っている。

太一は名前に「北極星」の意味を持つ。(カササギと「ちは」札(2)参照)
後に本編で語られるであろう太一の名前の由来は、恐らく別のものになるとは思うが、裏設定で北極星の意味合いを持たせていることは十分に考えられる。
北極星は旅人の行く先を示す星、つまり「導きの星」である。

またわたしは「真島」という苗字にも注目している。

田子の浦に うち出でて見れば 白妙の
富士の高嶺に 雪は降りつつ

ちはやふるの6巻に大きく取り上げられている「たご」の歌。
その傍には、万葉集の原歌が意味深に添えられている。

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ
不尽の高嶺に 雪は降りける

34巻でも描かれているのは原歌の方。
なぜ「たご」は原歌ばかり出てくるのか、以前よりそれが妙に気になっていた。

百人一首の方は「雪が降っている富士山は白くて綺麗だねえ」と富士の美しさを褒めたたえている雅な歌。
それに対し万葉集の歌はもっと直情的。現代風に言えば
「見てみろよ!富士山が雪で真っ白だよ!すっげーな!」
というような喜びの意味になる。

「たご」の原歌は富士の美しさへと「人を導く歌」。
憶測ではあるが、もしかすると「真島」という苗字は「真白にそ」から来ているのではないか、そんな気がしている。

「北極星」と「真白にそ」、二つの導きの意味合いを名前に持つ太一。
千早を白富士へと導くことこそが、本来の彼に課せられた役目ではないかと思っている。
そして「白富士」とはクイーンであり、今まさに新の歩んでいる道でもある。



今回千早の心を新のもとへと導いた太一。
彼の存在にはまだまだ秘密が隠されていそうだ。


2.勝利への欲


すみません ここから…勝ちにいきます

太一の口からとうとう出たこの言葉。
太一にとって、この言葉の意味は非常に重い。
勝つ=カルタを続けるということだからである。

須藤さんは、太一がカルタを続けるはずがないとタカをくくっていた。
「勝ったらカルタを一生続ける」と賭けまで持ち出して、太一に縛りをした。
まさか「勝ちにいく」という言葉が太一の口から出るとは、夢にも思っていなかっただろう。
明らかにこの言葉で動揺してしまっている。
フェイントにも引っかかり流れも止まった、その最大の原因はこの言葉にあると思う。

太一はこの言葉に本当に責任を持てるのか、この先の展開に注目したい。


3.玉の緒よ



新も「ちは」札を勝負札として送ったが、太一の送った「ちは」札は意味が違う。
新は手に入れるためにそれを送り、太一は「ちは」札と自分との糸を切り離すために、それを送った。
直前の歌「たまのおよ」は「魂を繋げる糸よ、もし切れるなら切れてしまえ!」という覚悟の歌。
太一の覚悟の表れである。

太一は「ちは」札との糸を絶ち切る覚悟を見せた。自分の力で、新に会いに行くと。
その覚悟は果たして本物か…
本物であれば、きっと「ちは」札は再び彼の味方になるだろう。
なぜなら「ちは」札=千早は彼にとってもまた、強く美しいヒーローなのだから。

彼は羽を大きく広げ始めた。
足枷は、もう自分で外すことが出来る。
自分の輝ける光へ、道迷わず羽ばたいて行けるかどうか。
本当になりたかった自分になれるかどうか。
それは彼自身の決意と覚悟次第である。





それから次回からの中学生編が非常に楽しみ!
末次先生は我が子を他人に預けるようで、期待半分不安もいっぱいだろうな。
遠田先生もかなりのプレッシャーを感じているだろうし…。
でもちはやふるの小説は大好きな小説なので、一読者としてはものすごく嬉しいです。
是非とも頑張ってください!
(でも次回から感想二つ分になるのかな…うーん大変だなー出来るかな~…)

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