ちはやふる36巻感想---「対」の恋歌(1)

2017年11月13日発売


ちはやふる36巻表紙は千早と理音の新米対決。「先に食べるのはわたしだよ」


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稲の花言葉は「神聖」、まさにクイーンを目指す神聖な戦い。というか稲って花言葉あるんだ…
特装版のミニクリアファイルが超可愛い…!一番のお気に入りは着ぐるみチビ千早&チビ詩暢。
末次先生の描くチビ助たちってみんな愛らしくって好きだな~

そして今回36巻の感想では、新・太一のちは札を巡る戦いを検証したいと思っている。

Caution!

37巻掲載予定の話も出てきますので、コミックス派の方はこの先読まれない方がいいと思います。また今回の話は、「カササギとちは札(1)」及び「カササギとちは札(2)」の再検証となります。



ちは札攻防戦



対の二人



「対」になった新と太一の描写には「次は試合で」が思い出されるけれども、この巻ではそれが特に顕著に表れていた。

カルタの好き嫌い、ミスから立ち直るカルタとミスさせるカルタ、現れるイメージのカルタ(33巻)と消えるカルタ(189首)、他人の力を借りることと一人で戦うこと、などなど…

対になる理由は「カササギとちは札(2)」で考察した通り、新と太一がそれぞれアルタイルと北極星という裏設定があるからだと思う。(188首から190首までで、太一が「北極星」という自分になっていく経緯がそれとなく描かれているが、長くなるので次回述べる予定。)

ちは札に関しても189首感想で述べた通り対となる二人の姿がある。

自陣にある「ちは」札をどうすれば味方にでき、試合に勝つことができるか。
新は「ちは」札を攻めるためにも手放す勇気が必要だった。
太一は「ちは」札の恋心を切り離して情熱の源泉とし、更にカルタを続けるという意思を見せることで、それを味方にすることが出来た。



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ちは札と二人の関係性について



このちは札であるが、彼らのそれを巡る戦いを見ていくと面白いことに気が付く。
千早のちは札消失時期を仮に分かりやすく20巻とすると、それ以前とそれ以降で扱いが大きく違う。


新とちは札の関係
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太一とちは札の関係
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20巻以前では、自陣敵陣、どちらが取ったのかもはっきりしないことが多い。
その中でも一番印象深く描かれたのが17巻の太一の取り。
そしてそのあとすぐに、千早は新への恋を自覚している。
これは仮説だが、作者はこの時期までは、東西戦もしくは名人戦で太一が守っているちは札を新が攻められるかどうか、という単純な話の流れにするつもりだったのではないかと思っている。

ところが20巻以降を見ると、ちは札の出方にある一定の法則性が現れ始めた。
新にもちは札が頻繁に現れだしたこと、太一には自陣にばかり出るがなぜか負けてしまうこと。
どうもこの辺りで、ちは札ゲット&勝利条件が二人に追加で課せられた可能性が高い。

新には情熱があるが、手放す勇気がない。
太一には手放す勇気があるが、情熱がない。



この欠けているものを満たすことが二人に与えられた条件である。
これが出来ればちは札が味方になり試合に勝利し、さらにはそれを手に入れることもできる可能性があるということだ。
しかも「千早と何かが繋がっている(186首)」太一にとっては、常にそれが自陣に出るという有利な状況であった。

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