千早と太一---「導」の宿命

今回は千早と太一の関係性について掘り下げてみようと思う。


和歌



千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは

在原業平

たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

在原行平

この二首はそれぞれ千早と太一の持ち歌として知られている。
平安時代きっての美男子でどんな美女も手に入れようとするプレイボーイ業平に対し、業平の兄で地方官や中央官吏を歴任するなど堅実な人生を歩んだ行平。
彼らはちはやふるという作品において、無駄美人でカルタに関してはどんなものでも手に入れようとする強欲な性格の千早と、しっかり者で成績優秀イケメン男子の太一という二人の姿に生まれ変わる。
そして業平と行平が異母兄弟であるように、千早と太一は友人よりも近い関係として描かれている。

末次先生監修の小説版4巻に、興味深い描写がある。
正月、太一の家へ新からの年賀状を確認しに行ったとき、千早の近況を聞いた後太一がこう言った。

「…おまえもか。ヘンなとこ、似てるよな、おれたち」

千早と太一の境遇が似て不思議な縁で繋がっているのは、中学時代も同じであった。作者は意図してそれを描いていると、この言葉からも伺える。




前回の考察で太一は北極星という裏設定があるとしたが、ではそれになる前の設定は何であったのか。
これは恐らく夏の大三角形の星の一つ、白鳥座の「デネブ」だろう。


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理由としては、一つに太一は千早と新の仲介役になっているということ。
イジメがきっかけでの出会い、カルタ会への案内、メールや電話の中継ぎなど、何かにつけて太一は二人の中継ぎ役になっている。

もう一つの理由としては、「デネブ」という星は将来「北極星」になる宿命を担っていること。
北極星は地球の歳差運動により、何千年か毎に別の星に移り変わり、西暦10,200年頃にはデネブが北極星になる。


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デネブから北極星になるためには、夏の大三角形から自ら離れる必要がある。
ちは札が欲しくて、そして千早と離れたくなくてその場に留まっている限り、絶対に「自分」になることは出来ない。

北極星=自分になるということは、居心地の良かった三角形の繋がりから太一が外れ、自分の力で二人の所に行く必要があるということである。

新しい自分に生まれ変わるため、太一はとうとうその決意をした。そう思うと190首で流した太一の涙がまた違った意味で切なく感じてくる。

ちなみに西暦13,000年頃には同じく夏の大三角形のベガが北極星に変わる。
デネブ(太一)とベガ(千早)は、同じ北極星(人を導く者)になる宿命を背負っている。

千早は瑞沢のリーダーとしての成長や教師の夢がある。
太一は瑞沢の部長として部員を導いてきたが、夢はまだ語られていない。


彼はこれからどのような道を進むのか、「導く者」ということを念頭に入れておくと、これからの話が面白く感じられるのではないかと思う。


共依存



太一が千早と結びついていたものは何であるか。
26巻までは紛れもなく「千早への恋」だろう。
ちは札狙い、つまり千早を手に入れたくて太一はカルタを続けていた。

しかし告白以降はどうだろうか。失恋してもなお千早のためだけに、というのは少々考えづらいのではないか。
実際太一は千早から離れなければいけないとずっと思っていた。
しかしちは札はなぜか相変わらず自陣のまま。一緒にいると苦しいのに離れることができない状態が続いている。

心理学においてこの二人は「共依存」の関係に近い。
共依存とは自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている状態のことをいう。
これは友人、恋人、親子など様々な関係性に存在し、関係が程よいものであればお互いが心地よいものであるけれども、それが深まるほど苦しく抜け出せない状況になっていく。

二人の共依存関係を具体的に述べると次のようになる。

千早の場合

一人での不安感が強く他人への依存心が強い。そのため相手に見捨てられるのではないかと不安になりやすい。依存相手との心の境界線がはっきりしないため、相手に問題があるのは自分が悪いからだと自分を責めてしまう。
相手が自分の思うようにならないと感情的になり、相手の行動や考え方、状況や結果を変えようとして自分の考えを押し付ける傾向がある。


太一の場合

自尊心が低く自分を大切にしたり肯定して受け入れられない。自己愛が少ないため自分を愛する事が出来ず、自分を犠牲にしても依存相手のために尽し、相手に感謝され頼られることで存在意義を感じる。
しかし自己開示がうまくできないため、本心が相手に伝わらず常にストレスを抱える。感情の押さえが利かなくなるとそれが爆発し、抑圧しているストレスを相手にも与えようとする。


これらは特に26巻以降に見られる描写である。

共依存になる原因としては、幼い頃からの家庭環境によるものが大きい。親が不在がちであったり愛情が欠けていたり、親に支配されている環境で育ったりすると共依存者になりやすい。
共依存から抜け出すには、自己愛・自尊心を高め自己開示をする、自分で決断し、自分の気持ちを表現し主張するなど、自分の人生は自分で切り開いていくしかないと気づくことが大切である。

千早 おまえはおまえで引き寄せろ
おれには運は微笑まないから 新のところへは自分で行くよ


このモノローグは千早目的のカルタを辞める決意であるとともに、二人のこれからの自己確立を示唆した言葉ではないかと思う。

千早は太一がいなくてもリーダーとして自立できること。
太一は本当にやりたいことを主張し自分で自分の道を切り開くこと。



共依存解決は、二人のリーダーが成長するための大切なステップ。これができれば、二人は適度な距離を置きながらもお互い違う人間として認め合う、良好なパートナーシップを築けるんじゃないかと思っている。(ただし太一は母親との共依存の解決も必要なため、完全な自立にはもう少し時間がかかる。)
posted by とかさま at 00:00考察

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