ちはやふる191首感想---師から弟子へ

BE・LOVE 2017年1号掲載


東日本決勝戦。太一と原田先生の正式な場での対戦は、物語では恐らくこれが最後となる。
先生は戦いを通して彼に一体何を伝えたかったのだろうか。


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師と弟子



絶体絶命を愛せよ まつげくん これから先 ずっとだ

この言葉の持つ意味は、自分のすべてを受け入れろ、つまり勝つ自分だけでなく負ける自分も、すべて認めてやれということである。
人は失敗したり負けたりすると、敗北感で自分の価値がなくなるような焦りや不安、プライドや尊厳を傷つけるられるような恐怖を感じ、どうしてもそこから逃げ出したくなる。
しかし自分の弱さを認めしっかり向き合えば、負けるという恐怖を乗り越えありのままの自分を認められるようになり、それは自己肯定感や自己愛へと繋がっていく。

負けるのは恥ずかしいから嫌だ。失敗するのは怖いから逃げ出したい。
その気持ちが出るのは自然なこと。でもそんな自分でいいじゃないか。
負けた自分が悔しい。失敗して悲しい。ライバルとのギャップが埋まらない。
そんな思いはすべて自分の財産。その気持ちをバネにして次の成長に向かっていってほしい。


師の思いと深い愛情は、弟子に勝てなかった自分が負けをしっかり受け止め、更に彼の背を押してやり身をもって示すことで、閉ざされがちな彼の心に確かに響いたのではないかと思う。

青春全部を懸けたって強くなれない?まつげくん 懸けてから言いなさい

太一は自分を変えたいとずっと思っていた。この言葉を呪いではなく励みにしようとしたのは、それを願う自分への戒めであったのだと思う。
しかし負けた自分を否定する自分の尊厳やプライドが、それをどうしても許さなかった。

今回の経験で太一が得た一番の収穫は、師の教えを素直に受け入れるという真摯な心、謙虚な心構えだと思う。
師がいくら頑張ろうとも、弟子にその気がなければその情熱は煩わしいただの熱だ。
師の教えは弟子の謙虚さがあって、初めて伝わるものである。
191首で咲いていた金木犀は「謙虚な心」という意味の花。
太一はこれから先もずっと心にこの花を咲かせ続けていってほしい、そう願っている。




父と子



子はいくつになっても可愛いもの。
今回の母親の涙は、まさに子を思う母の心であったと思う。

そしていよいよの父親の登場。
きっとこの父親は道に迷う太一のよき理解者になるだろう。
太一の道については小説、本編、そして今回の話を含めもう随分と多くの伏線が張られている。
彼が最後どういう選択をするか、薄々気付き始めている人もいるんじゃないだろうか…
以前太一の道を考察するといったけれど、やっぱりこれは最後のお楽しみということで、ここでは言わずに心の中にしまっておくことにします。すみません。


その他いろいろ



千早と太一、東日本予選優勝おめでとう!

今回は中学生編とのシンクロ率がもう素晴らしくって、漫画家さんってホントにすごいと思った。感動の相乗効果でどちらも本当に面白かった。
これは本誌を読まないと味わえない。コミックス派の方も、今回は絶対ビラブを読まれた方がいいと思う。

中学生編の感想も書きたかったけれど、それぞれ立場や意見の微妙に異なる小説・本編・中学生編の中間あたりを忖度しなければならず、それを纏めるのに物凄く時間がかかる。文章が不得手なせいもあって大体本編の三倍の時間を掛けています。どのような形であろうと「ちはやふる」という作品そのものが好きなので…。中学生編の感想はまた次回じっくりと書かせてもらいます。

他に気になるところは、189首の「あと5枚」の意味と、東日本予選開始前に届いた千早のメールかな。別に大して意味なかったのかな?(汗
千早にとってのヒーローは、188首と今回のウルウル瞳を見るに、「白富士を征く綿谷新」と「自分になった真島太一」でFAかな?
西日本女子の優勝者は、伏線があり詩暢ちゃんと絡ませやすい結川さんvs読者に人気のある恵夢ちゃん、さて作者はどちらを選ぶのだろう。
そしてちは札…まだ出んのかーい!\(^o^;)/

ちはやふる10周年、おめでとうございます!
わたしがちはやと出会ったのが30巻、ギリギリ滑り込みで出会うことが出来て本当に幸せだなあと思います。
今回のビラブでは末次先生の原画展情報もあり!これは是非見に行かなくちゃ。楽しみです!