ちはやふる「結び」と「陰陽」

以前の考察でちらりと出した陰陽思想の話だけれども、陰陽とちはやふるとの関連について考えてみたい。
(なお当方専門家ではありませんので、解釈の相違についてはご容赦ください。)


太極と陰陽



27巻の最後には、3つの太極図がさりげなく描かれている。


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太極とは、陰陽思想と結合して宇宙の根源として重視された概念である。


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そして3つの太極図はそれぞれ、千早、新、太一の関係を表していると思う。

陰陽【いんよう】

中国の思想に端を発し、森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の二つのカテゴリに分類する思想。陰と陽とは互いに対立する属性を持った二つの気であり、万物の生成消滅と言った変化はこの二気によって起こるとされる。


例えば互いに依存し支えあう関係である千早と太一は太陽と月。これは同じく太極図が描かれた27巻141首で触れられている。
新と太一は対となすアルタイルと北極星の関係であり、表裏一体、相互に対立し、相互に抑制し合い、さらに相手を消耗させる関係にある。
千早と新は男女一対の神である織姫と彦星がモデルであり、二種類の性の属性として分けることができる。


陰陽二元論は、この世のものを善一元化のために善と悪に分ける善悪二元論とは異なる。
陽は善ではなく、陰は悪ではない。陰と陽は相反しつつも、一方がなければもう一方も存在し得ない。陽は陰が、陰は陽があってはじめて一つの要素となりえる。
森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。

ちはやふるには悪い人がいないとはよく言われるが、この物語では長所と短所どちらも人をなすものであり、成長することはあっても互いの性格を否定することはない。
少年漫画や西洋映画にあるような、世の中の事象を善と悪の二つに分類する事で世界を解釈する善悪二元論とは全く異なっており、この精神思想がちはやふるの根本をなすものともいえよう。


結びの概念



さて先ほどの話に出てきた「織姫・彦星」であるけれども、その土台となった中国の牽牛織女は陰陽思想と密接なつながりがある。
神話的宇宙観の中で二元構造をなす一対の神格であったものを星座にも反映されたものが牽牛と織女であり、二人の出会いは宇宙的な規模での陰陽の結合という点で重要な意味を持っている。
陰陽の結合を男性性と女性性が一つになること、つまり「結び」と呼ぶ。

深海誠監督の映画「君の名は。」の二人の主人公も織姫と彦星がモデルと言われているが、この話の中でも「結び」という言葉が使われている。


よりあつまって形を作り、人をつなげることも、糸をつなげることも結び。捻れて絡まって、 ときには戻って、途切れ、またつながることも結び。時間が流れることもすべて結び。

深海監督も星や万葉集などの知識に長けているが、ここでちはやふるの映画と同じ「結び」という表現が出てくるのは非常に興味深いところである。


結びの意味をコトバンクで調べてみると、次のようになる。

結び

1.結ぶこと。また、結び目。
2.人と人とが交わりをもつこと。
3.しめくくること。最後。終わり。


ちはやふるの映画の副題は恐らく上記の意味を暗喩しているとは思うのだが、先ほども述べたように「結び」には陰陽に関係する意味合いもある。
「結び」は「産霊」「魂」「産巣日」とも書く。古くは「むすひ」といい、これらは万物を生み成長させる神秘で霊妙な力のことをいう。

神道では産巣日(むすひ)という名がついた神として高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と神産巣日神(かみむすひのかみ)がいるが、この二神は牽牛織女と同じく、陰陽の結合つまり「結び」の象徴になっている。
古事記によると、天地初発のときに天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とこの二神が高天原(たかまがはら)に出現し、万物生成化育の根源となった(造化の三神)。

造化の三神【ぞうかのさんじん】

・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) : 至高の神
・高御産巣日神(たかみむすひのかみ) : 生成の霊力を持ち、太陽神としての性格ももつ。神産巣日神と対になって男女の「結び」を象徴する神
・神産巣日神(かみむすひのかみ) : 生成の霊力をもち、生命の復活と再生をつかさどる地母神的な存在。高御産巣日神と対になって男女の「結び」を象徴する神


天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、古事記神話の冒頭に置かれた神々の世界を統括する宇宙最高神であり、天の中心にあって不動の北極星を神格化した神であると言われている。
北極星の神格化で思い浮かべるのが、以前考察した「太一星」という名前。
太一を北極星=天之御中主神、新と千早を「結び」の関係とみると、導き出されるのが連載100回記念で描かれたこの表紙である。


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造化の三神はカルタの三人の関係性をも表す。
カルタは一人の読手と二人の取り手がいて、初めて成り立つものである。読手がいなければ取り手の二人は結ばれず、カルタは成立しない。
それは31巻の太一が現れたときの様子によく表れている。この時一瞬だけ千早と新のカルタが繋がったのは、太一が読手になったからである。
千早と新が「結び」としてなるには、太一の存在が絶対に必要なのである。

ちなみにこの表紙の太一は、恐らくちは札を持っている。
「結び」の鍵ともいえるちは札は、やはり何らかの形で彼が握っているように思う。

もちろん読手は太一だけではない。
千早と太一が強くなって新を待とうと必死にカルタを続けていた間は、新が読手だったともいえる。
新が最高の力でカルタ界に復活したからこそ、20巻の吉野会で千早と太一の間に強い結びがうまれた。
また次回から始まる東西挑戦者決定戦では新と太一が戦い、ここでもまた新と太一の結びができる(男同士という観念はとりあえず置いといてww)。
東西戦では十中八九ちは札が重要なファクターとなるだろうし、ある意味千早が読手になるとも言えよう。

読手はその都度人を代え、巡り巡って三つ巴となり三人の運命をより強く結びつけていく。
カルタの世界から三人のうち誰か一人が欠けてもカルタは出来ないし、ちはやふるは存在しない。
ちはやふると陰陽思想には、実に深い関係が存在するのである。
posted by とかさま at 00:00考察

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