ちはやふる196首感想---疑惑の判定

BE・LOVE 2018年6号掲載


東西挑戦者決定戦1回戦終了。戦い終わった選手たちは、そして彼らを見守る審判たちは何を思うか。


千早・結川戦



クイーン戦予選の方は、7枚差で千早の勝利に終わった。
一見すると大差のようにも見えるが、実は序盤の千早の5連取からはそれほど差を広げられていない。残りの2枚差は結川さんのダブの分である。
やはりいつも通りの結川さんの配置と送り札が功をなしたのだろう。巧みな戦術により、千早の恐ろしいくらいの「感じ」の良さにも十分対抗できたと言える。

誰も気づかなかったダブを誤魔化さない真摯な態度、そして序盤の差にも焦らず勝利を求め続ける堅実な態度に、審判の心象もすこぶるよかった。
そして結川さんにとって最も心強いのが、今まさに自分の世界を飛び出そうとする勝利の女神。応援グッズを片手にもうすぐ扉の向こうからやってくる…はずである。
これだけの味方がいれば、一回戦では大敗だった結川さんも2回戦ではかなりの善戦をしてくれることと思う。ここで挫けずに、しっかり者のお姉さんとしての意地を見せてほしい。


詩暢のプロ化



ところで詩暢ちゃんはアイドルの追っかけ活動に勤しんでいるお姉さま達の姿を見て、ようやく何か気付くことはできたのかな?
「カルタで稼いでお金を貰う」となると、カルタを道具のように扱っているようで当然嫌な気分になるだろう。けれど「カルタを知らない人にも広めて、好きな人をどんどん増やしていく」という活動をし、その対価としてお金を貰う…という風に認識を変えれば、自分に随分と自信が持てるのではないだろうか。詩暢ちゃんのファンが増えれば、カルタが好きな人もきっとたくさん増える。こんな嬉しいことって他にないと思う。

ちなみにわたしも競技かるたの経験は皆無だけれど「ちはやふる」のお陰でカルタのファンになりました。要するに、これと同じことです。

現実ではなかなかありえないカルタのプロ化の話だけど、漫画だからこそ詩暢ちゃんには夢を叶えてほしい。詩暢ちゃん、これから益々応援してます。


新・太一戦



名人戦予選の方では新が辛くも3枚差で勝利。しかし試合中は揉めばかりであった。

新の取りは、あくまでもクリーンをモットーとしている。
取りが怪しければ相手の取り。手がぶつかるくらいなら、ぶつからないだけの速さを見せればいい。揉められるくらいなら、相手を納得させるほどの技を見せればいい。
これは新の曲げられない信念であり、揺るぎない自分のプライドでもある。


揉めが多いということはいつも通りのカルタが全くできていないということになる。
序盤に感じたメンタルのブレは試合中回復することが出来ず、太一に揉められる隙ばかり与えてしまった。
しかも間の悪いことに、自分の取りと信じて疑っていなかった最後の札は、周囲のカメラにより太一の取りということが判明してしまう。
いくら悪気がなかったとはいえ、新の心中はさぞや穏やかではないだろう。
事実を知ってしまった以上、自分を「卑怯」と思ってしまうのも無理はない。


arata196.jpg


全く自分のカルタが出来なかった一回戦、そして疑惑がもたれてしまう最後の取り。
それらの悪意を払拭し自分のカルタを取り戻すためにはどうしたらいいのか。
これはもうメンタルの回復、これしかない。
いつも通りの流れるようなカルタを披露し、「こいつなら勝っても仕方がない」と周囲を唸らせ、自分を納得させるしか他に方法がない。

ではメンタルを回復させるにはどうすればいいのか。
まずは太一にばかり邪念を抱いてしまうというその事実に気付くことである。
彼にだけ揉めてしまうのは、何らかの感情を強く揺さぶられている証拠でもある。彼だけに感じる劣等感、そして自分の弱点の正体を把握し対処しなければいけない。
「邪魔」と思う感情は無理に抑えてもいずれまた同じように噴き出してくる。
それを繰り返さないためにはそれを抑えるのではなく、原因を克服しその感情をコントロールして上手く勢いに乗せなければいけない。
これが出来るかどうかで二回戦の流れは大きく変わる。


審判の判断



ちなみに最期の取りに関する会話の内容は審判の耳にも届いているが、全く驚く様子が見えないことから、取りの判定が怪しかったのはある程度気が付いていたのだろう。
しかしそれでも審判は何も言わず新の勝利だと判定した。
あのとき太一が審判に判断を仰いでいたら必ず太一の取りになっただろう。
しかし太一はそうしなかった。自ら勝利を手放してしまったのである。勝利を手放すような人を、審判は決して応援はしない。
これは結川さんの「勝ちたい」と思うひたむきさに共感する審判と、対比されて描かれている。
取りがどちらであろうと、審判は自分の判断に迷いなく新に勝利をもたらしたのである。


勝ちを手放す



ではなぜ太一はこのとき勝ちを手放したのか。これは試合中「手放す」と言っていたこととは意味が違う。
試合中の彼は「勝つ」ことに拘らないことで、感情を抑え自分の取りを冷静に判断していた。これはあくまでも最終的には勝利をつかむための戦術である。
しかし最後に手放したものは勝敗が決まる大事な一枚。これを手放すなんて自分で負けに行ったようなものであり、これが戦術の一部とはとても言い難い。
太一は最後の土壇場になったところで、新の強い意思に押され冷静な判断を失ってしまった。彼は絶対に取るべき大切な一勝を、自らの手で手放してしまったのである。

この札は手放すべきではなかった。これはただの練習試合ではない。自己研鑽の場でもない。名人に挑戦する権利を得られるか、そうでないかの大事な一戦である。
たった一枚の負け札が大きな一敗となる。たった一回の負けが取り返しのつかないことになる。
この場にいることだってもう二度とないかもしれない。ここで負ければ一生後悔するかもしれない、そんな試合だ。


東日本予選でカルタを続けると決めた太一だけれども、彼のカルタの道はあくまでも「新」と書かれた標識で終わっている。
その先は真っ暗で見えない…あるいは何があるのかすでに分かっているのに、見ようとしていないだけかもしれない。
太一は「〇〇になりたい」という一言がどうしても口に出せず、カルタを一生続けるだけの目標を持てないでいる。
青春全てを掛けてその先に行ったとして、もし何も残らなかったら自分はどうすればいいのか、目標のない彼にはその先が不安でしかない。
暗闇の中行き先が見えない道は恐怖そのもの。新と比べて太一に足りなかったものはその暗闇に一歩踏み出す覚悟であり、最後の最後で彼の判断を狂わせた原因でもある。

太一は戦いに負けたのではない。周防さん=自分自身の声に勝つことが出来なかったのである。

メールフォームよりご連絡いただきましたO様、いつも当ブログをご覧くださいましてありがとうございます。わたしとは若干解釈が違っていたのですが、また違う方面から作品を眺めてみるのも面白かったです。色々な感想を持てるのが、ちはやふるの楽しみの一つでもありますね。貴重なご意見をどうもありがとうございました。


そしてなんとなんと、原画展に続きサイン会のお知らせが…!先生に会いたくて、もう泣きそうになるくらい嬉しくて、いやでも家と子供のことがあるから東京なんて無理無理~なんて思っている傍から抽選の申し込みをポチっと押している自分がいて、ブルブル震えています。アホやろ~アホやろ~(泣)抽選当たってほしい…でも当たったら色々とどうしよう…でもやっぱり奇跡が起こりますようにと、期待と不安で葛藤している毎日です。