ちはやふる199首感想---師の心得

BE・LOVE 2018年12号掲載


東西挑戦者決定戦二回戦序盤。太一母に本音を吐露する周防と、新にガチンコ勝負を挑む決意をした太一。それぞれの思いが交錯する。


周防の気持ち



太一の戦いを背に帰り道を行く周防さんの前に現れたのは、美味しそうなパンケーキスイーツと太一母の麗子さん。
気まぐれで彼女に声を掛けたのは、伊勢先生の本を気難しい顔で読む母親に興味を惹かれたからか、それとも息子を半年間預かっていた教師としての社交辞令か。
「戦いが怖くて見ていられない」と気もそぞろの麗子さんに対し自分の心境を語り始めたのは、周防さんも太一の戦いを気にしていて彼女の不安に共感したからに他ならない。

ぼくは太一くんにとっての(認めてもらいたい)その「一人」は いま試合をしている綿谷新をおいてほかにはいないと思っています

太一が東大カルタ部に来てから半年以上たつが、その間の練習は自分にとって悪いものではなかった。
情熱もなく、夢もなく、ただひたすら嫌いなカルタをもくもくと続ける彼に自分の姿を重ね、翻弄する力を素直に受け継ぎ強くなっていく太一を見ることが楽しくて仕方なかった。教えたことを忠実に再現してくれる、本当にかわいい自分の生徒だ。
彼が周囲を唸らせるほどの強さを持つことができれば、もしかしたら自分はやっとひとかどの人間になれるんじゃないか…そんな風にちょっと期待していた部分もあったかもしれない。

太一が名人戦予選に出場すると知ったとき、周防さんはどのように感じただろうか。彼が最終的に向かう相手は自分であることを知って嬉しかったのではないか。
それは初めてほかの人から自分を認めてもらえたと実感した瞬間であった。
「彼が勝ったらテンション上がる」空港で電話していた時の周防さんの言葉はきっと本心であったと思う。

しかし太一と新との戦いを見てはたと気が付いた。実はそれはただの思い過ごしで、全くの幻想だったのかもしれない。
太一が勝ちたい、目の中に入りたいと切願していたのは、目の前にいる教師ではなく同期のライバルだったのか。
周防さんはなんとなくだがそれを感じ取ってしまった。自分は太一にとっての師ではなく、ただの「教科書」であったことに気が付いてしまったのである。

「執着したら勝てない」、つまり勝ちに執着したら負けてしまう。
勝ちに執着するにはエネルギーを消耗する。熱源としての情熱が必要である。しかし情熱を持たずがらんどうの周防さんは、それを伝えることができない。執着しないで勝つ方法は教えられても、執着して勝つ方法は伝授できなかったのである。
新に対しての勝ちたいという思いは彼の中で膨れ上がっている。だから新には負けてしまう、そう断言している。

だって師が悪いから…あ ごめん 弟子じゃない 弟子じゃない


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本当は心のどこかで、師になりたいという気持ちがずっとあった。
でも師とは技術だけを伝えるものではない。師には弟子の道しるべとなるべき情熱が必要である。
映画の周防さんが太一に「一線を越えろ」と諭すことができたのは、心の奥底に情熱が隠されていたからに他ならない。それが理想の姿なら、この周防さんはそれを言うことができなかったリアルの姿。作者は彼にさえ、大きな試練を与えている。
もし本当に誰かの師になりたい、ひとかどの人間になりたいと願うならば、自分でそれに気が付き、自分で変わるしか、他に方法はないのである。


作者はそれぞれのキャラが映画とは違うということを明確に示しています。ちはやふるのヒーローは太一ではなく千早であること、現実の太一は理想と違うこと、周防さんが太一に情熱を伝えられないこと。そして新もこれから映画とは異なるキャラとして描かれるでしょう。これは映画のちはやふるを否定しているのではなく、創造主としてのプライド、それに表現者としての意地なんだろうなと思っています。



太一の気持ち



序盤で新に24-19と大きくリードされるも、あることをきっかけに19-18と一枚差まで新を追い詰めた太一。
この気持ちの切り替えには何があったのか。

太一のカルタはずっと闇雲の中を走っていた。
強くなりたくて、でもそれにすら納得できなくて。対戦相手を翻弄したり愚弄したり、闇の中をもがきながらただやけくそのようにカルタを取っていた。
新と試合で向き合ってからもその本当の力が怖くて怖くてたまらない。新と対等になりたいと言いながらも彼の力に怯え、同じレベルにするためにいかにして彼の実力を削るか、そればかりをずっと考えいた。

しかし新がようやく自分を見てくれたとき、そして新の瞳に自分が映っているとわかったとき、恐ろしさと同時に嬉しいという感情が沸き上がってきたことに心底驚く。たとえ勝利することが厳しくてもいいからガチンコ勝負を挑んでみたい、そう思う自分がいることに気がついたのである。


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「なんだ、おれも結局みんなと同じかるたバカじゃないか」


千早と新のところに行きたくて、でもそれができない自分が悔しくて。
でも太一は「その場所」にすでに立っていたのである。
ただそれに気が付いていなかった、いや気付こうとしていなかっただけだ。

ずっとウジウジ悩んでいた自分への自嘲と。
二人のところに追いついたことの安堵感と。
それを叶えることができたという心の底から沸き上がる歓びと。

苦しいような、情けないような、照れくさいような、嬉しいような、ほっとしたような。こんなハチャメチャな感情、きっと誰にもわかってもらえない。

「勝ちたい」という感情は、周防さんが教えてくれた心の穴を徐々に塞いでいく。
新もまた太一の変化に気が付くだろう。勝ちにくるとわかっている対戦相手であるほど、新の嬉しいものはない。恐らくこれから何度も何度も激しい大波が太一に押し寄せる。水の抜け道のない防波堤が果たしてそれにどれだけ耐えられるのか、正直言ってわからない。

攪乱とかじゃなくて 小細工とかじゃなくて なにひとつ実力の削られぬ綿谷新に勝ちたい 青春全部懸けてきた 本当の強さで

ひとつ抜けることができた太一の表情は、今まで忘れていた光を取り戻したように清々しい。抜け切った後の苦しさはまた別のものだけれど、それでも諦めず最後まで戦い抜いてほしい。この戦いの後にはきっと違う景色が現れる、そう信じている。

次号はとうとう200首。わたしがブログを始めたのもちょうど一年前の13号からでした。200首の感想はどうしてもじっくりと考えたいので、感想に数日くださいませm(_ _)m(と言いつつ今回みたいに早くアップするかもしれんけど。)そして千早、遅くなったけどお誕生日おめでとーう\(^o^)/ヒャッホウ