ちはやふる204首感想---鬼神

BE・LOVE 2018年号18号掲載


東西挑戦者決定戦3回戦序盤。太一の前で、そして千早の目の前で、新と詩暢は鬼と化す。


千早と詩暢



夢の中の自販機の音wwに驚き騒々しく飛び起きた千早のところへ、詩暢がやってくる。「クイーン戦で戦おう」という約束を見事果たした千早は、詩暢に正座で一礼し、正々堂々と戦うことを改めて彼女に誓う。

差し出された手の触れたときに垣間見えた景色は、荒涼とした富士の頂。漠々たる空の下、風は吹きすさび岩肌が剥き出しになる。草一つとして生えることのない寂寥とした原野は、そこから逃れることを決して許されることのない女神の心象風景でもある。

やってくれんか?うちと五番勝負のクイーン戦

粘り気のある風がぬるりと千早の首筋をかすめる。対戦相手として再びまみえた詩暢は、千早が激しく恋焦がれ勝手に描いていた理想の女神像とはほど遠いものであった。遥か彼方から人を見降ろし氷のような笑みを浮かべる目の前の女性は、修羅という道を自ら選んだ鬼神の姿。妖しくも美しい声が千早を誘うのは、天へ続く道か、もしくは地の底か。


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新と太一



さて男性陣。新は二回戦の負けを引きずることなく逆に安定感を増しつつある。太一の陣も少しずつではあるが削り取る。戦いは20-22から16-21へ、徐々に差を広げている。

東西戦は名人戦への前哨戦のため、新に関しては名人への情熱が一番に語られるものとばかり思っていました。しかし204首を読んで感じたのは、単純に太一を倒すという怒りの気持ちだけではない、何らかの別の苦しみがあることでした。太一のことを本当に嫌いだったり、名人への闘いとして割り切っているならば、「きれいな気持ち」を踏みにじることに何ら罪悪感を抱かないでしょう。もしかすると「新は三人の関係性を清算することが最優先であり、それを乗り越えて初めて、名人に向かう情熱を如何なく発揮する」ということを丁寧に描きたいのでしょうか。前回の話や東西戦が始まってからの新への違和感は、この辺りの齟齬に原因があったのかもしれません。今回の感想ではこれを念頭に置きながら述べていきたいと思います。


新が苦しむ理由


前に進む足を止められない 太一の一番きれいな気持ち それをおれが打ち砕くのに こんな冷徹な鬼になる自分を止められないのに

新にとって「チームちはやふる」は自分にとってかけがえのない大切な宝である。友人の少ない彼にとって、このチームはありのままの自分の「強さ」を認めてくれた、数少ない大切な仲間であった。

チームちはやふると自分を繋げてくれるのは太一の存在であった。太一がいるから仲間がいる喜びを味わうことができ、彼がいるから千早と自分は同じ畳の上で思う存分戦うことができると思っている。(これは31巻の太一が来た時の様子でもしっかりと描かれている。彼が来るまで、千早は新を新と認識していなかった。)

新にとって、太一はチームちはやふると自分、そして千早と自分を繋ぐ唯一の人物であった。それはまるで七夕の日に橋渡しをする「かささぎ」のように。

自分が本気を出して戦った二回戦では、太一の本当の強さを目の当たりにすることができた。負けた悔しさはあるがその強さは尊敬に値する。試合後に笑みを浮かべたのは、ライバルと認めた彼の強さへの喜びと敬意、賞賛があったからであった。

しかし仮に新の強さで太一が粉々に砕け散ってしまったとき、果たして太一は自分のことをどう思うだろうかと、新に一抹の不安が頭をよぎる。普段決して見せることのない太一の本心を打ち砕くのは、彼の今までの好意を裏切る結果になるのではないか。太一は負けた悔しさで新の強さを敵とみなし、心底毛嫌いし、チームちはやふると新との絆を永遠に断ち切ってしまうかもしれない。そうしたら自分は一体どうすればいいのだろうか…そんな漠然とした恐れと不安が彼にはある。自分が最も誇りとする「強さ」というものを否定され、チームちはやふるを失うことは、新にとって自分の存在そのものを否定されるような耐え難いものであった。

実はそこには「自分の力では千早とは繋がることができない」という隠された弱みが存在するが、新はその弱さをまだ受け入れていない。自ら千早に触れようとする勇気を出そうとしていない。(返事を聞く勇気のない告白と33巻のラストが新のできる限界だった。)彼はいつまでたっても「千早と繋がるには太一がどうしても必要だ」という呪縛に囚われている。その呪縛で自分の弱点を上手く誤魔化そうとしている。

新がこの呪縛から逃れるためには、自分の欠点を受け入れる必要がある。本当に新は千早と直接繋がる勇気がないのか、その時点ではっきりするだろう。

三角形は、いつまでも三角形の形を留めることはない。三角形が別の形として生まれ変わるのか、それとも自分一人だけ切り離されてしまうのか、それは新自身が決めることであり、彼への課題でもある。この課題が解決されないまま、闘い、愛情、友情が頭の中で上手く切り離せていない状態となっており、これが新の苦しむ一因になっているのではないかと思う。

…愛情と友情の狭間で苦しみと葛藤を覚え、鬼神と化す新の怒りはいよいよ膨れ上がっていく。彼の情熱の焔は、氷の粒のような青白い火花を激しく散らす。対峙する太一が向かうのは天国か、はたまた地獄か。続きは次号。