ちはやふる206首感想---怒りの矛先

BE・LOVE 2018年20号掲載


東西挑戦者決定戦終了後。周防の不可解な行動に周囲がざわめく。怒りに燃える彼が指し示した、その矢先にあるものとは。(10.4追記あり)


周防の行動



太一が負けると分かっている試合を、周防はどうしても見たくはなかった。それは普段は決して目を向けようとしない自分の弱さというものを、太一を通して自覚してしまうからである。しかし第二試合で見逃してしまった奇跡が一体どのようなものであったのか、彼は確かめてみたかった。自分自身が見失ってしまった「何か」をここで見つけることができるのではないか…そういう期待が少なからずあったのかもしれない。

ところが期待とは裏腹に、第三試合での太一と新の実力の差は歴然であった。5枚、8枚、束へと、その差は広がっていく。太一の負けはもう確実であった。しかしそれでも周防は、二人の戦いから一時も目を離すことができなかった。たとえ負けが目前にあろうとも、ピンチになろうとも、戦意を失わない太一の様子が気になって仕方がなかった。まるで足に根っこが生えて地面に繋がってしまったように、彼はその場を動くことができなかった。

太一はもうただのコピーではない。「本当の自分」になってしまった彼には、勝利を手放そうという意思が全く見えない。そこには自分の知らない「何か」が確かにある。

最も衝撃を受けたのが試合後の二人の様子だろう。今までの周防の経験からいって、試合後に相手から感謝されるということはまずなかった。彼の力によって自分のカルタが蹂躙され、愚弄され、大差で負けた対戦相手というものは、大概が失意の中で彼に嫌悪感を抱いて恨みをもつ。圧倒的な力というのは、相手に恐れられるのが当然ではないかという意識が周防にはあった。18枚という大差がつきながらもさらに友情の絆が固く結ばれた二人を見て、驚きと同時に彼の背中に戦慄が走る。

何故太一は変わってしまった?
誰が太一をこのように変えた?
虫唾が走るようなこの感覚はなんだ?

周防はそれをはっきりと指し示す。それは「新」「カルタ」「友情」「愛」である。半年間心を通わせ友好を深めたはずの「太一」本人でさえもその中に含まれる。そしてもう一つ、彼にとって得体のしれない「何か」


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一人取り残されてしまったという孤独感と、太一だけが「何か」を捕まえることができたという嫉妬は、牙をむく蛇となって彼の心にうごめき続ける。とぐろを巻いた黒い塊は裏切りという感情や嫌悪感、憎悪、怒りというものを噴き出し、彼を激しく狂わしていく。

もちろん太一本人は周防を裏切ったつもりは毛頭ない。それどころか周防のためにできることを、ずっと考え続けていた。周防への礼も、今までの教えに感謝した、彼なりの心からの謝意のつもりであった。しかし今の周防にはそれさえも信じることができない。周防は太一の行為を裏切り行動と思い込み、彼から離れることを決意してしまう。

周防にとって、太一はいつの間にか、弟子というよりも彼の一部になってしまっていた。自分自身が成長できなければ、太一の成長も認めることはできない。自分のことのように教え子の成長を素直に喜ぶことができない、これが彼が「師」になれない一番の理由ではないだろうか、と思っている。

10.4追記:太一は人のことをよく見ているので、自分が変わってしまうと周防さんがこうなることを、ある程度予想していたのではないかと思う。


「だけど――」


自分が変わるには、そして周防さんにも変わってもらうためには、こうするしか他に方法がなかった。今の自分の精一杯の情熱を全力でぶつけるしか、彼を助ける道はなかった。


「———」


ここに入るセリフは「周防さん、ごめん」ではないだろうか。(勝手な推測ですが、口に出したいのに出せない「ごめん」という言葉、これが一番太一らしいような気がします。)



5番勝負の行方



さて各会代表者会議にて、詩暢と千早はクイーン戦5番勝負の提案を申請する。

5番勝負にしてもらえたら 若宮さんに勝つ自信があります

各会の代表者相手に大見得を切る千早に、詩暢は怒り心頭となる。しかしここで一つ気がかりなのは、千早が詩暢と戦うのは、彼女を「助ける」という信念からくるものだ、ということである。

恐らく詩暢は今の自分の境遇を他人によって閉じ込められている状態だとは思っていない。富士の荒野にいるのはあくまでも自分の意志であるし、覚悟をもってその場にい続けることが彼女の誇りでもある。「助ける」という思いがいくら千早の善意からくるものだとしても、詩暢から見ればそれは単に同情の押し付けであり、余計なお世話と一蹴してしまう可能性がある。詩暢にとって必要なのは「救済者」ではなく、その場にいることを否定せずに認めてくれる「理解者」であるとは思うのだが、果たしてどうだろうか。

兎にも角にも、二人は5番勝負了承のために頭を下げ続ける。二人の訴えに対し、代表者たちはどう審判を下すか。


新の笑顔



福井への帰りの車中、新は深い眠りについていた。彼にとってこの東西戦は今まで経験したどの試合よりも辛い試合であった。大切な友人を直接この手で叩き潰すという行為が、どれだけ彼の心に負担を強いたことか。太一の悔しさを自分のことのように素直に表現し、ぽろぽろと涙を見せることができた千早よりも、新の内に秘めていた苦しみや罪悪感の方がより大きかったのではないかと思う。しかしこういう時どういう表情をすればいいのか、彼には分からなかった。

新も千早も、勝利の余韻に浮かれることはなかった。三人の中で試合後に笑顔を見せたのは、敗れた太一だけである。勝者たちへ心からのエールを贈る彼の笑顔を見て、新はどう感じただろうか。自分の苦しみが少しは和らいだろうか。それとも苦しさがより一層胸に込み上げただろうか。それは新本人しか分からない。そんなやり切れない思いを抱いたまま、千早と一緒に勝者同士の喜びを交わすことなど、彼にはとうてい無理な話であった。

一人辛い思いを抱えながら、新は夢の中で仏前に座り、名人戦への切符を手に入れたことを祖父に報告する。中学生でA級になった時と同じように、祖父は柔らかな笑みを浮かべて新を迎えてくれた。どんな時であろうとも祖父は新の味方であり、それが何よりも彼には嬉しい。世界で最も敬愛するカルタの神様を前に、新は胸を撫でおろし表情を緩める。それはようやく表に出すことができた、勝者としての喜びの笑顔であった。

ここに書くことはできませんでしたが、由宇ちゃんエピソードもよかったです。カルタ以外でなんとか新に尽くそうとする彼女の思いが報われたようで、ほっとしました。それから40巻も特装版のようですね。お値段(1,300円ナリ)を見て「おい講談社…!」と突っ込んだのはわたしだけではないと信じたい。いや買いますけどww