ちはやふる40巻感想---青春すべてを懸けて

2018年11月13日発売


記念すべき40巻の表紙は千早と詩暢。背景にはアゲハチョウ。


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座して礼する千早と詩暢を祝うかのように、アゲハチョウの舞いが彼女たちを美しく彩る。テーマは「豪華絢爛」といったところかな?千早と詩暢が花のようにしとやかで、とても素敵な表紙。まさに「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」


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それから特装版の表紙。千早と詩暢の着ぐるみを囃し立てるように、スノー丸とダディベアが舞い踊る。背景にはカキとサツマイモ。テーマは「色気より食い気」かな?ダディベアとスノー丸がそれぞれクッキーと雪見大福に見えてきて、食欲を掻き立てるような表紙。まさに「立てば食欲、座ればおやつ、時間がなくてもイモを食うww」


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特典のポストカードは計9枚。本当に豪華ですね~。一巻の表紙があるのが何気に驚きでした。ちびっこギャングたちがカワいくてたまらないこの巻が一番好きなので、嬉しいです(^o^)


太一の強さ



さて涙なくしては読めない40巻。太一と新の友情、周防と太一の関係、千早の恋などあらゆることに変化がおきたシーンがてんこ盛りで、どれもこれもここで述べるに値することだけれども、取り上げたいのはやはり「太一の強さ」。40冊分の経験を経て、作品のテーマの一つである「青春すべてを懸けていいなさい」という原田先生の訓戒を、太一が呪いではなく励みにすることができた瞬間がここにはあった。

「青春全部懸けたって強くなれない?懸けてからいいなさい」

この解釈には二通りある。

一つ目は「青春すべて懸ければ、新に勝つほどに強くなれる」という解釈。これは努力すればいつかは必ず勝利できるという単純明快なもので、この通りに描かれたのが東西戦第二回戦と映画「結び」のラストシーン。それから二年生の全国大会までの太一も、まっすぐにこの目標に向かっていたように思う。実際これは多くの読者が期待していたことと見え、映画の太一は高い評価を受けている。

そしてもう一つの解釈が「青春すべてを懸けることで、新に立ち向かう強さを手に入れることができる」というもの。これは先ほどの解釈とも似ているがちょっと違う。新に立ち向かうというのは、自分の弱さや負けることに向き合うことでもあること。負けると分かっていても、泣きながらでも、諦めずに立ち向かうのが大事だということ。

でも青春すべて掛けても負けてしまうなんて、正直言って見たくない人が多かっただろうなとは思う。勝てた方が爽快感があるし、今までの努力が報われるような、前者が支持されるのは当たり前だろうなと。けれどもわたしはやはり、後者の方が太一にとって必要なことだったと思っている。

かつての太一にとっては、プライドが邪魔して弱さ=負けることに向き合うことができず、それを恐れてばかりいた。負けた後の自分を想像することができなかった。それは空虚で、惨めで、辱めを受るものでしかないからだ。かつての彼の言葉に、それはよく表れている。「懸けてきたからこそ怖い。何も残らなかったら?悔しさしか残らなかったら?」この言葉の裏には、負けた後の自分に価値を見いだせない不安が隠されている。

だから彼は、新とカルタから逃げてしまった。東日本予選では、弱さに向き合えない自分へのいら立ちから、対戦相手に鬱憤を晴らし、暴言を飛ばし、自暴自棄に陥ってしまった。そんな太一を原田先生には「カルタに復讐している」ように見えていた。決勝では「新にはどうせ勝てっこない」と諦めて、戦う前から試合を譲ろうとしていた太一の気持ちも痛いほど分かっていた。もしかすると長い人生において、原田先生にも太一と似たような経験があったのかもしれない。

人は「自分にはこんな弱さがあってもいい」と思わなければ、先に進めないときがある。負けたってもいい。弱くってもいい。次にそれを生かせばいい。原田先生が太一に対して檄を飛ばした「絶体絶命を愛せ」の意味は、「ピンチはチャンス」と前向きにとらえることもできるけれども、違うようにも読み取れる。負けを目前にして焦っている自分も何一つ悪いことはない、ピンチの時に必死になって足掻いても全然カッコ悪くない、そんな自分でもいいんだよ、だからそういう自分も愛しなさいという意味合いも含まれていると思う。

負けを受け入れる、つまり弱さと向き合うということほどしんどい作業はない。わたしも一年間ブログにおいて、新を考えるときには最期を看取れなかった祖母のことを、太一のときには自分の性格の欠点を、詩暢のときには封じてしまいたい過去の辛い経験を、それぞれ記憶の深いところから掘り起こして書いていた。治りかけていた傷を見つけてかさぶたを剥がし、そこにナイフを突きつけてもう一度ぐりぐりと傷をえぐる様な気分で、ブログを辞めたい、逃げ出したい、もう勘弁してと思いながら、半べそでパソコンに向かっていた。

負けや弱さに向き合うなんてできなくても仕方がない。そんなの誰だって嫌だ。それに向き合う勇気が出なくて落ち込んでいた太一も、それから逃げ出してしまった周防さんも、至って自然なことだし責めることはできない。誰もがみな千早や新、原田先生のようになれるわけではない。

けれども太一はその試練に耐え抜いた。青春すべて掛けて戦い抜いて、結局負けてしまったけれども、その後には「弱さを受け入れることができる強さ」というものが手の中に残った。

欠点だらけの自分を愛することができたからこそ、カルタつまり新を愛することができた。恋愛の舞台から降りる自分を、悔しい、恥ずかしいと思わずに納得することができた。18歳という若さで、ここまで実によく頑張ったと思う。高級布団でゆっくりと休んでほしい。温かい甘酒でも飲んで、体の疲れを十分に癒してほしい。きっとこれから彼は先に進むことができる。この強さと経験が太一の未来へと繋がりますように。素晴らしい試合を見せてもらって、本当にありがとう!



来年4月からアニメ「ちはやふる」第三期スタートですね。こちらも楽しみです!