ちはやふる212首感想---嫉妬と孤独

BE・LOVE 2019年3月号掲載


新と詩暢の接近に、不安を隠せない千早。脳裏には「嫉妬」と「孤独」という二つの言葉がちらつく。(2.4追記あり)


千歳の嫉妬



千歳の仕事は可もなく不可もなく、伸び悩んでいる状態だった。望んでいた映画の仕事も脇役で、どうにもぱっとしない。しかも現場で噂になるのは自分の活躍ではなく、「可愛い妹」のSNSばかりである。

この妹の評判に嫉妬はするものの、それでも彼女のためになるのではと、千歳は千早に芸能界デビューの話を持ち掛けた。しかし千早の答えは「興味ない」。さすがの千歳もプライドを傷つけられたとぶち切れ、妹への嫉妬と仕事の不満を千早にぶつけてしまう。

かるたみたいなわけわかんないものしか大事じゃないくせに 中途半端なことしないでよ

さて、千歳から千早への感情、これについて少し考えたい。

千歳は、千早のことが嫌いではない。むしろ、ものすごく好いている。今回だって、インスタのコツを伝授しようとしたり、妹とのツーショット写真を嬉しそうに撮ったりと、可愛い妹を自慢する面倒見のいい姉として振舞っている。しかし同時に、妹も自分を好きになってほしい、自分を自慢してほしいという勝手な願望も、併せ持っている。

恐らくここに、千歳の問題点が隠されている。千歳は千早に愛情をかける見返りとして、千早からの愛情も欲している。つまり何かを与えることで、その代償として相手からの感謝を求めているのである。

千早がカルタに心を奪われることに対して、千歳は強い嫉妬を感じているが、これは千早がカルタを好きになればなるほど、姉への愛情が減ってしまうのではないかと誤解しているためだ。千歳は千早に嫉妬しているのではなく、千早の心を奪ってしまった「カルタ」に嫉妬しているのである。千歳がこの嫉妬から解放されるには、彼女もまたカルタを理解し、好きになることしかない。

さすがというか千早の母親はそれを見抜いていて、千早のクイーンへの情熱を千歳になんとかして理解させようとしていた。妹の東西戦を絶対見に来いと電話で怒ったのはそのためである。しかしこれはなかなかに難しいのかもしれない。若いうちは特に。千歳が一度でもいいから千早の試合に来て、彼女の真剣な眼差しを見てくれるといいのだけど。とにかくこの解決がなければ、この姉妹間の溝は、いつまでたっても埋まることがないのではないかと思う。


千早の嫉妬と孤独



千早もまた、詩暢の動画サイトを見て焦りを感じ始めていた。詩暢と新との親し気な会話や親密な交流は、千早の心に徐々に負の感情をもたらす。

二人の試合の中で、「せをはやみ」が詠まれた。この札は、千早が新の部屋で取った一枚、そして、新がガリガリに狙って千早から取り返した札でもある。千早にとっても、新にとっても大切な、大切な札。これさえあれば新に出会える、そしてチームちはやふるが復活する、そんな祈りが込められた歌である。

その札を、詩暢が奪い取ってしまった。奪い取ったように、千早には見えてしまった。

ちなみに同じ運命戦となった札「みちのくの」の意味は、始まった恋に心が乱れてしまうこと。これもまた、意味深だなあと思う。

そしてようやく、詩暢が新に勝利する。千早はそれを素直に喜べない。なぜなら高校選手権での新への一勝は、千早にとって、詩暢と自分を差別化する唯一の特別な経験であったからだ。それがとうとう「特別なもの」ではなくなってしまった。千早の心は嫉妬という闇に染まりゆく。

さて、ここでの詩暢の勝利のシーンであるが、これを高校選手権での千早vs新戦と比較してみたいと思う。

勝った瞬間、どう反応したか:千早は即寝し、詩暢は泣きじゃくった
新はどんな反応をしたか:新は千早の勝利に目を逸らして怒りに震え、詩暢の勝利には笑顔を見せた。ついでに頭ナデナデww
勝利の瞬間についてどう思ったか:千早は記憶をなくし、詩暢は喜びを隠さなかった


千早があの高校選手権のことを思い出したのか、それについての明確な描写はない。しかし無自覚で思い出している可能性は高い。もちろん本試合と練習試合という差はある。しかし二人は本気だった。本気で強くなろうとした試合だった。新に甘えるように無邪気に泣きじゃくり、喜びを隠しきれない詩暢に、優しく伸びる新の手。詩暢の成長を自分のことのように喜ぶ新の笑顔。千早の時とは明らかに違う二人の世界。これはあまりにも、無慈悲なほどに残酷なクリスマスプレゼントではないだろうか。千早がこれ以上動画を見続けることができなかったのは、そのためではないかと思う。

2.4追記:と、ここまで書きましたが、ここにきて、千早の嫉妬は「詩暢ちゃんが好きすぎて苦しすぎる説」によるものではないか、というのが頭の中に急浮上してきました。つまり、千早は詩暢の「特別な友達でありたい」と願うあまり、その愛が強すぎて、詩暢の新への素直な態度に嫉妬しているわけです。千歳の千早への愛情と同じですね。実は今回の考察、ちょっと自信がなくて、考えているうちにこちらの方が正しい気がしてきました(;^_^A 恋愛方面が一気に進むのかなと思ってしまいましたが、やっぱりそれは後回しで(というかそれはもう最後だけで)、ラストまでは千早と詩暢の友情をメインに描いていくのかなあという気もしてます。


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あんなにいた友も だれもなにもできない地に 一人で立つことになる

「たれをかも」の札の世界に、いつしか千早は迷い込んでしまう。「私ががんばってるところで」いったい何のためなるというのだろう。詩暢のために、一人にさせないように必死に戦ってきたつもりだったけど、もしかするとそれははただの勘違いだったのではないか。詩暢はすでに一人ではなく、新が付いているのではないか。一人なのは、実は自分の方だったのではないのか。そんな疑心暗鬼が千早の心に巣くう。新はきっと自分だけに心が向いている、そういう慢心があったからこそ、この不安は余計に辛い。信じていた足元が揺らいでしまうと、努力への信念などすぐに崩壊してしまう。

千早にとって孤独ほど怖いものはない。いつも孤独と向き合っている新や詩暢、また孤独を内に抱える太一とは違い、千早は孤独に対する耐性が非常に弱い。これは欠点というよりも、個人の特性である。この特性は仲間を引き寄せるという大いなるパワーを秘める一方、孤独への恐怖も強めてしまうという逆の一面も持つ。千早は、心に抱いてしまった「たれをかも」の札を、「ひとはいさ」の前向きな精神に変えることが必要となる。彼女に「陰」の精神はふさわしくない。

本番まであと10日。彼女が孤独や嫉妬から解放されるには、何らかの外的要因が必要となるが、それが誰からもたらされるのか、どのような形になるのか、そしてクイーン戦本番までにこのメンタルが回復できるのか、今後が気になるところである。(わたしの希望としては、是非とも新くんに頑張ってほしいところ…頼むで、新!)